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――すでにアルバムが世界中で大ヒットしていますが、生活は変わりましたか?
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| ケヴィン: |
そうだね、もう後戻りは出来ないよね。貧乏にはね(笑)。だって、それがリアル・ライフだろ? 例えば、アメリカにいて「オーマイガッ! ほら、ケヴィン・マイケルだよ!」ってなる程じゃないし、もちろん普通の人だよ。けど、家とか車とかいろいろ買っちゃったしね、支払わなくちゃならないものがたくさんあるからさ!(笑)
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――小さな時から両親の影響で音楽に囲まれて育ったようですが、いつ頃からシンガーになりたいと思うようになったのですか?
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| ケヴィン: |
ずっとそう思ってたよ。ちょっと変だって思うかもしれないけど、でもハッキリを覚えているんだ。たぶん8歳くらいの時かな、リビングでお父さんにこう言ったんだ。「音楽は僕の未来なんだ。生まれた時からの」ってね。だから、思春期にありがちな反抗期とかドラッグへの誘惑もなかったし。子供の時ってみんな外で遊ぶと思うんだけど、僕は部屋で音楽を聴いている方が楽しかったんだ。オタクだったんだよ!(笑)とにかく音楽以外に何もいらなかったんだ。
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――じゃあ、これっていうキッカケがあったわけではないんですか?
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| ケヴィン: |
あるよ! 5歳か6歳の時かな、学芸会で僕だけソロ・パートがあったんだだけど、僕が歌ったら、みんなの両親から「本当にあの子が歌ってるの!?」って声が上がったんだ。それまでもいつも歌ってたんだけど、その瞬間、「僕はイケてるんだ!」って思ったんだよね。みんな僕の声を気に入ってくれるんだってね。それからは発表会がある度にみんなの親が僕の歌を楽しみにしてくれてたんだ。もちろん彼らの子供達も劇には出てるし、彼らを見に来ているんだけどさ!(笑)
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――きっと、先生もケヴィンの歌のうまさをわかっていて抜擢してたんでしょうね。
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| ケヴィン: |
でも毎年オーディションみたいなことがあって、前の年にソロ・パートがあっても、いつも受けさせられたんだ。たぶん、他の生徒達の手前ね(笑)。うん、先生達はわかっていたんだと思うよ(笑)。
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――ですね(笑)。当時から歌がうまかったわけですが、今のようなユニセックスで、独特なヴォーカル・スタイルというのはどのようにして確立されていったんですか?
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| ケヴィン: |
アクシデントみないなものだと思うよ。僕はヴォーカル・レッスンを受けたことは一度もないし、だからいわゆる手法みたいなものも知らない。キーだってわからないし、譜面だって読めないよ。この歌声は・・・まずは神さまからの贈り物。あとはただ、あらゆるタイプの音楽をひたすら聴いてきただけなんだ。ソウル、R&Bにクラシック、ボリウッド(インド映画)の音楽までね。それでとにかく真似てみる。うまくいってるかはわからないけど、とにかく一生懸命真似てみたんだ。僕が12か13歳の時かな、ある人に「何をしていようと、毎日歌うのを止めないことだ」って言われたんだ。それからは、必ず毎日歌うようにしたよ。近所からどんなに苦情がこようともね(笑)。
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――全体にはラヴ・ソングを歌っている中で、「We All Want The Same Thing」「It Don't Make Any Difference To Me」「Too Blessed」などはちょっと違った角度からのメッセージを送っていますね。こういう曲を交えようと思ったのは?
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| ケヴィン: |
本当の答えを知りたい?(笑)まず、アルバム用にベストの13曲を選んだってのが1つ。2つ目は・・・レーベルの意向ってのもあるよね(笑)。それから3つ目は、僕はリリックを書く時にテーマとかコンセプトを決めて書くわけじゃないんだ。「We All Want The Same Thing」は、プロデューサーのブラッドシャイがスウェーデン人で、初めてスウェーデンに行ったんだけど、どこにいても、人ってみんな同じなんだなっていうのを感じたからそれを曲にした。「Too Blessed」はエリック・ハドソンと作ったんだけど、スタジオにいる時に彼の友達が遊びに来たんだ。したら、そいつの服にデッカイ字で“I’m too blessed, to be stressed(あまりに幸せでストレスなんか感じない)”って書いてあってね。それを見て「こりゃ、アツイ!」って思ってさ。それで歌詞を書いたんだ。トラック自体は元々、ア・トライブ・コールド・クエストにインスパイアされて作ってたし、何にでもインスパイアされるんだよ。
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| インタビュー・文 / 浅野ミレイヤ麗 |