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――『100th Window』やサントラ『Danny The Dog』に続き、『Collected』に収録されたテリー・キャリアーとの新曲“Live With Me”にもあなたは参加してませんが、新作『Weather Underground』(仮題)には関わっているんですよね?
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| ダディーG: |
僕はニュー・アルバムには関与しているよ。Dがニール・デイヴィッジ(共同プロデューサー)と仕事をしているのと同様に、僕も他の人と一緒に仕事をしている。僕らはアウトキャストと同じような状況なんだよ。
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――「The Best Of Massive Attack」を選曲していて、どのような思いが巡りましたか?
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| ダディーG: |
自分たちのレコードを聴きなおすことはほとんどないから久しぶりに聴いてみて……いい経験だった。『Blue Lines』から『100th Window』までの曲を聴いてみると、曲が作られたときから年月が経っているのに古く聴こえないと思ったね。
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――マッシヴ・アタックの音楽にファンキーで黒い要素を求めるファンは少なくないと思います。その感性を持っているのがあなたのように思うのですが…。
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| ダディーG: |
たしかに僕はファンキーな影響をマッシヴ・アタックにもたらせているかもしれないな…。
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――この『Collected』で初めてマッシヴ・アタックを知るティーンエイジャーもいると思います。彼らに対してわかりやすく自分たちを説明するとしたら、どうなります?
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| ダディーG: |
う〜ん、難しいな…。マッシヴ・アタックは同じことを繰り返さないようにしている。さまざまな影響を受けていて…ニュー・ウェイヴ・ソウル、ニュー・ウェイヴ・ロック…何て呼んだらいいのか見当がつかない。でも、何かひとつの呼び方にしたら固定観念を持たれることになるわけだよね。トリップホップと呼ぶ人もいるけど、それっておかしな名前だよね。ジャーナリストが付けた呼び方なんだよね。う〜ん、いまでもどう説明していいかわからないな。
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――マッシヴ・アタックの音楽の進化はどのような点にあると思います?
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| 3D: |
そうだな、初期のころはミュージシャンとして型破りだったかもしれない。DJがベースで…音楽ファンが音楽を聴いていて、DJがヒップホップっぽいスタイルで曲を作っていくようなやり方だった。そしてスタジオで作業をしているうちにそのプロセスも変わってきた。いまはサンプリングを使わずに、より多くのミュージシャンと、それとさまざまな楽器を使って曲を組み立てているんだ。ただ一貫しているのは、興味深い声のヴォーカリストと仕事をすることだね。
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――『Collected』スペシャル・エディションは2枚組で、そのCD2の制作にこだわったそうだけど、“False Flags”“Silent Spring”“Joy Luck Club”といった新曲は新作のために作った曲ではないんですか?
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| 3D: |
『Collected』の作業中に制作していた曲で、収録するかどうか迷ったんだけど、CD2に入れたらおもしろいと思ったんだ。
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――“Joy Luck Club”で歌っているOomのデビー・クレアの魅力は?
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| 3D: |
彼女と4〜5曲一緒にやってみておもしろいエネルギーを出せた。元々彼女とはマッシヴ・アタックとしてではなく、ニールと僕のプロジェクトで仕事をしようと思っていたんだ。ブリストルにあるスタジオに来てもらって仕事をしているうちに……もしかしたら映画用の曲に展開していくのかと思っていたけどね。彼女とは、去年のツアーで僕がブリクストン・アカデミーでプレイしたときに、彼女からカセットをもらったことがキッカケだったんだ。
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――この『Collected』で初めてマッシヴ・アタックのことを知る人に向けて、自分たちの音楽を説明するとしたらどのようになりますか?
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| 3D: |
そうだな…何て言ったらいいのかわからないな(笑)。どう言葉で説明するのか見当がつかない。『Collected』のアートワークを見て、音楽を聴いてみると新しいものに思えるから、若い人たちにもそう思ってもらえるんじゃないかな。
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――例えば、見ず知らずの人に「どんな音楽をやってんの?」と聞かれたら?
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| 3D: |
「実験的な音楽」と答えるね。もしそれで本当に僕がどんな音楽をやっているのか関心があれば、その人は「実験的な音楽というのは具体的にどういうものですか?」と、もっと突っ込んでくると思うんだ。そしたら僕ももっと具体的に説明できる。だけど「実験的な音楽」と言われて「ふ〜ん」としか言わない人はきっと関心がないのだろうし、それなら僕も説明をする必要がないわけだからね(笑)。つまり「実験的な音楽」という答えに興味がない人とは、その時点で会話は終わるということだ。
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| インタヴュー・文/栗原 聰(Zelig) |