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’85年、イギリス・オックスフォードにて結成。結成当初はOn A Fridayというバンド名にて活動していたが、’91年にEMI傘下のパーロフォンとメジャー契約をするにあたって、バンド名をレディオヘッドに変更。バンド名はトーキング・ヘッズの曲「Radio Head」に由来する。
’92年、EP『Drill』でメジャー・デビューを果たし、翌’93年に発表された1stアルバム『Pablo Honey』からのシングル「Creep」が若者を中心に熱烈な支持を集め、世界的な大ヒットに。この年のローリング・ストーン誌“トップ・シングル・オブ・ジ・イヤー”の1曲に選ばれたほか、評論家投票ではなく読者人気投票にてNME誌、メロディ・メイカー誌両方で“シングル・オブ・ザ・イヤー”に輝いた。また同曲は’03年に“SUMMER SONIC 03”にて、近年ではほとんど演奏しなくなった同曲をパフォーマンスし、ファンの間では伝説となったことでも記憶に新しい。
ギター・ロックをより押し進めた2ndアルバム『The Bends』にて人気を不動のものとした彼らは、この頃から次第にロック以外の音楽を接近していき、メンバー各自が様々な楽器を使い分けるように。また、同作からその後、第6・第7のメンバーと称されるプロデデューサーのナイジェル・ゴッドリッチやグラフィック・アーティストのスタンリー・ドンウッドらと組むようになる。
’97年には、当時イギリスで流行していたトリップ・ポップなどからの影響が窺える、実験的な試みとなった3rdアルバム『OK Computer』を発表。同作は全世界で大きな評価を獲得し、90年代のポップ・ミュージックを代表する金字塔としばしば評価される。また、’05年にはイギリスのTV局・チャンネル4が行なった“偉大なアルバム・トップ100”投票で見事1位を獲得。グラミー賞でも“年間最優秀アルバム”部門にノミネートされ、“ベスト・オルタナティヴ・ミュージック・パフォーマンス”部門を受賞。初ノミネートにも関わらず、バンドは授賞式には出席せず、代わりに共同プロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチが出席した。
’00年には、長い制作期間を経て発表された4thアルバム『Kid A』を発表。電子音楽とバンド・サウンドを融合させ、前作から劇的な変化を遂げた同作の変貌ぶりに、ファンは戸惑い、賛否両論を巻き起こした。
翌’01年には、『Kid A』と同時期に制作されたという5thアルバム『Amnesiac』を発表。一転して、20年代のスウィング・ジャズを取り入れるなど、ジャンルに捕らわれない音楽性をより明確にした。また、同年には初の公式ライヴ・アルバム『I Might Be Wrong : Live Recordings』も発表。’03年に発表した6thアルバム『Hail to the Thief』では、これまでの実験性を包括した上で改めてバンド・サウンドに。また同作を最後にEMIとの契約を終了した。
’05年から新作に向けた活動が再開され、’07年10/1、公式ブログにて突如、新作アルバム『IN RAINBOWS』を発表。パッケージ販売はなく、専用サイトを通じての購入のみという手法、さらには購入の際に客自らに値段を決めさせる方式を採り、音楽業界を震撼させた。その後、バンドは北アメリカのみTBDレコード、日本のみホステス・エンタテインメント、それ以外の全世界はXLレコーディングスと契約し、通常のCDフォーマットでのリリースも決定。日本では12/26、全世界で最も早くリリースする。
<メンバー>
トム・ヨーク(Vo / G / P)
ジョニー・グリーンウッド (G)
エド・オブライエン(G)
コリン・セルウェイ(B)
フィル・セルウェイ(Dr)
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’85年、イギリス・オックスフォードにて結成。結成当初はOn A Fridayというバンド名にて活動していたが、’91年にEMI傘 ...
Interview
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