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カール・ハイド、リック・スミス、そして現在はソロ・アーティストとして旅立ったダレン・エマーソン(DJ)の3人によってエセックス州ロンフォードにて結成。’93年のアルバム・デビュー以来、常にダンス・ミュージック界のトップに君臨し続けている存在だ。
当初は5人組のロック・バンド(Freur)だったという彼らは、ファンクをベースとしたニュー・ロマンティックス系のサウンドで活動しており、メンバーにはカールやリックの他に、TOMATOのジョン・ワーウィッカーも参加していた。バンド名をアンダーワールドに変え、2枚のアルバムをリリースするも売れず、分裂状態となるが、若手DJダレン・エマーソンを加えることでクラブ・ミュージックを取り入れた新しいアプローチを生み出す。
カール、リック、そしてダレンの3人で歩み始めたアンダーワールドは、当時UKで盛り上がり始めていたハウス・ミュージックを取り入れ、自主制作で500枚限定シングル「Mother Earth」を発表する。その後、彼らの名前をクラブ・シーンで一躍有名にしたのが、’93年にJunior Boy’s Ownレーベルから限定でリリースされたピンク色の12インチ盤「Rez」だ。
続くシングルもヒットし、クラブ・シーンのトップ・アーティストとして人気を博した彼らは、同時にデザイン集団TOMATOを結成。タイポグラフィといわれる独自のスタイルを持ったアートワークを作り上げ、’93年に発表されたアルバム『Dubnobasswithmyheadman』はあらゆる分野で大きな衝撃をもたらした。この翌年’94年には新宿リキッド・ルームのこけら落としで初の来日公演を果たしている。
不動の人気を獲得したアンダーワールドだが、さらなる飛躍を遂げるのが’95年に発表された「Born Slippy」。この曲は翌年公開された映画『トレインスポッテイング』の挿入歌として起用され、映画と共に世界中で大ヒットを記録した。これにより彼らは、世界的なスターダムへとのし上がることになる。
‘96年に発表された『Second Toughest In The Infants』(邦題:弐番目のタフガキ)では、ポップ・シーンやロック・サイドを巻き込む動きがさらに強化されることに。カールのヴォーカルを強く全面に押し出し、なおかつクラブ・ミュージックとしてのバランスを損なわないアグレッシヴなサウンド作りが実現。その結果、アメリカやヨーロッパ全土で大きな成功を収めた。また、同年、日本で初めて行なわれた大規模野外レイブ・イベント“Rainbow 2000”にライヴ出演し、そのパフォーマンスは現在も伝説となっている。
‘99年に発表した3rdアルバム『Beaucoup Fish』からは、「Bruce Lee」「Jumbo」などのヒット曲を生み出し、確固たる地位を確立。同年春には単独来日公演、そして“FUJI ROCK FESTIVAL 99”にヘッドライナーとして出演し、フジロック史上ベスト・パフォーマンスの1つとして語り継がれている。
‘00年には、初のライヴ・アルバム『Everything, Everything』を発表。TAMOTOによるマルチメディアのテクニックを駆使したDVDは日本ゴールド・ディスク大賞を受賞し大きな話題となる。また、同年秋には、東京と大阪で行なわれた第1回“Electraglide”のヘッドライナーとして出演。その一方で、ダレン・エマーソンが突如脱退し、ファンを驚かせた。
‘02年に発表されたダレン脱退後初となる4thアルバム『A Hundred Days Off』では、ファンの心配を吹き飛ばすかのような快作に。日本でも新旧のファンから支持され、オリコン総合チャート7位、洋楽1位を獲得した。そして、翌’03年には、初のベスト・アルバム『Underworld 1992-2002』を発表。改めてアンダーワールドの普遍性を認識させられるものとなり、オリコン総合チャート4位、洋楽1位を記録した。
そして’07年、5年ぶり5作目となるニュー・アルバム『Oblivion with Bells』を発表。全世界の熱い期待とプレッシャーを物ともせず、キャリア最高傑作と早くも話題沸騰中だ。
<メンバー>
カール・ハイド(Vo / G)
リック・スミス (Key)
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カール・ハイド、リック・スミス、そして現在はソロ・アーティストとして旅立ったダレン・エマーソン(DJ)の3人によっ ...
Interview
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