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’85年、ASA-CHANGによって結成。80年代後半、ストリート、クラブを中心に多数のライヴを重ねていく。その圧倒的なパフォーマンスはライヴを重ねるごとに動員を増やし、’89年、黄色いアナログ12inch『TOKYO SKA PARADISE ORCHESTRA』をインディーズでリリース。注目が集まるなか、翌’90年にはシングル「MONSTER ROCK」、アルバム『スカパラ登場』でメジャー・デビューを飾る。
以降、ルーツの“スカ”をベースに全ての活動に“スカパラ印”を押し続け、ジャンルを超えた“トーキョー・スカ”サウンドを展開する世界屈指のライヴ・バンド。“スカ”という決してシーンの中心ではない音楽を起点に、10人以上という大編成だった彼らが、いわゆる東京のアンダーグラウンド・シーンから飛び出し、革新的で瞬発力あるアクションを見せたことは、その後の日本の音楽シーンを活性化させていく。
デビュー翌年の’91年には日本武道館に10,000人を動員。オリジナル・アルバム8枚、多数の海外公演を含むライヴ・パフォーマンスは1000本以上。スカパラの音盤やライヴの数々には、妥協のないプロフェッショナリズムと、ライフ・スタイルをまるごと賭けた勇猛果敢なお遊び精神が極められている。
メンバーの脱退、事故、死亡など、あらゆるトラブルをはねかえし、走り続ける精神力。円熟を避け、常にバンドをリフレッシュさせていこうとする冒険心。’93年に当時バンマスだったASA-CHANGが抜けてから今まで、メンバーそれぞれが場面ごとにバンマスの役割をし、現在に至るまでリーダーなしで活動を続けている。その中では、全員が楽曲のモチーフを提出し、全員がアレンジもプロデュースも主張もする。常に対等であり、かつお互いを出し抜き、意表をつくことも忘れない絶妙な関係が築かれている。
また、ミュージシャンであると同時にDJとしても頻繁に活動する彼らは、自らが主宰するレーベル、"JUSTA RECORD" をたちあげ、オリジナル・スカのリイシューから、クラブ・シーンに提案する完全フロア対応の音源も発表し続けている。また、レーベルの機関誌とも言える "JUSTA MAGAZINE" を不定期で刊行中 (Vol.4まで発売中)。
’00年12月にはアルバム『FULL-TENSION BEATERS』のヨーロッパ・リリースを受け、イギリス、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツの5ヵ国を12日間、11本のライヴで駆け抜けるという怒濤のヨーロッパ・ツアーを敢行。最終日、ベルリンでの世紀越えライヴまで、本場ヨーロッパのスキンヘッドを熱狂させ、多くのスカ・フリークを驚愕させた。
オーセンティックなスカからジャズ、ロックまでをも提示できるミュージカル・パフォーマンスで世界中のスカ・バンドの中でも特筆すべき存在へと登りつめたスカパラは、スカのオリジネイター、スカタライツから全米ツアーへの同行を誘われ、ダブの巨人、デニス・ボーヴェルをして「スカパラの為ならいつでもスケジュールを空ける」と言わしめるまでに。海外のアーティスト・音楽関係者も来日の際にはスカパラの音源を手に入れるためレコード店に足を運ぶなど、世界中のスカ愛好家達にとってその名は憧れの対象であり続けている。
’07年にはベスト・アルバム『BEST OF TOKYO SKA 1998-2007』を発表。そして’08年、ニュー・アルバム『Perfect Future』で、新たな章が幕を開ける。
<メンバー>
NARGO(Tp)
北原雅彦(Tb)
冷牟田竜之(A.Sax)
GAMO(T.Sax)
谷中敦(B.Sax)
沖祐市(Key)
川上つよし(B)
加藤隆志(G)
大森はじめ(Pa)
茂木欣一(Dr.)
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