“マーゴン襲来”──日本列島をなめるように通過していった大型の台風22号は、首都圏の交通を麻痺させるなど、各地にその爪痕を残した。
そんな台風上陸まっただ中の10/9、恵比寿ガーデンプレイスでは、スペインで毎夏開催されている“アドヴァンスド・ミュージック&メディア・アートの祭典”sonarが「sonar
sound tokyo 2004」として初日を迎えようとしていた。台風の影響で、広場で行なわれる予定だったSonar Sound Extraは中止。21時には東京を通過していた台風だが、その後の交通機関の乱れなどにより開場が遅れ、23時近く、ホールには入り口から伸びる長蛇の列が出来ていた。
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▲Guitar(Digital Jockey)
© Akihiro Saga |
噂のGuitarが登場したのはSonar Sound Lab(ガーデンルーム)。ステージ上には、ラップトップを前に座っているDigital Jockeyと、スタンドマイクの前に立つヴォーカリストのアヤコ・アカシバ。
ほのぼのとした雰囲気でライヴはスタート。音の方は、轟音ギター+エレポップ+囁くようなロリータ・ヴォイスの融合で生まれる“エレクトロニカ・シューゲイザー・サウンド”と言えようか。
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▲Akufen
© Yukari Morishita |
SonarSound Hall(ガーデンホール)に移動すると、クリック・ハウスの第1人者Akufenがプレイ中。同じ時間帯、ガーデンシネマではジェフ・ミルズがスピーチを行なっていたのだが、それに応えるかのように彼がスピンしたのはUR「Hi-tech
Jazz」! これにはどよめきと歓声が起こり、吸い込まれるかのごとく、ロビー周辺にいた人々が一気にフロアの中へと流れ込んでいった。
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本来ならば夕方、広場でライヴを行なうはずであったTUCKERが急遽Labに出演することになり、面白そうなので観に行くことにする。
時間になると、リュックを背負ったTUCKERがふらっと登場。まずはターンテーブルのスクラッチ妙技を披露。リズム・ボックスのスイッチを入れると、エレクトーンで「白鳥の湖」や「Sunny」などを演奏、ものすごい速弾きに驚いていると、間髪入れずに今度はベースを取り出し弾き始める。カバンから取り出したヴォコーダーのチューブを口にくわえるものの何度も外れてしまい、それに苛ついているのかだんだんテンションが上がってきて、最終的にベースを投げる、弾きながらエレクトーンの上に乗る(!)などのウルトラテクを矢継ぎ早に繰り出し、しまいには(ちょっと控えめな?)ダイヴ。エンディングは歓声と驚きの声に包まれて拍手喝采だった。
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▲TOWA TEI+ATOM ™
© Yukari Morishita |
TOWA TEI+ATOM ™ のVJはヒロ杉山が担当。うっかり気を抜いたら失神してしまいそうなほど鮮やかで、サイケデリックなヴィジュアルを操る。
前半は、初来日となった変幻自在なクリエイター、ATOM ™ が、サングラスにスーツ姿、無機質な表情でステージに置かれたラップトップを操作。アシッドな4つ打ちでフロアを盛り上げる。後半からはTOWA
TEIがターンテーブリストで登場。出て来るなりカメラで観客をぱちぱち撮り始めた。2人合わせて“TOWATOM”となったステージでは、自身の曲やハウス、ロックも織りまぜ、THE
KNACKの「マイ・シャローナ」で締め。彼ら自身、とても楽しんだライヴとなったようだ。
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▲HIFANA
© Akihiro Saga |
Labの入り口には、HIFANA観たさに出来た長蛇の列。“人力ブレイク・ビーツ”のキャッチフレーズもすっかり定着した彼ら。スクリーンに手元が映し出され、その華麗なMPCさばきを楽しみに集まった超満員のフロアは、身動きとれなくなりながらも、どよめきと歓声で大きく揺れた。
ステージ上からパッドなどを使ってムービーをコントロールするなど、映像を効果的に使った、まさに“目で聴いて耳で観る”アクロバティックなライヴ。一番最後に観せてくれた、チャンバラシーンのBGMのような三味線サウンドをMPCで叩き出す技は圧巻!
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▲JUAN ATOKINS×CARL CRAIG
© Yukari Morishita |
この日のトリはホアン・アトキンス×カール・クレイグ。
翌日登場のHuman Audio Sponge(細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一のユニット)に敬意を表してなのか、YMOの「FIRE CRACKER」、またドナ・サマーの「I
Feel Love」(今年何回聴いただろう!)などがスピンされる。
ホアン・アトキンスは、急遽来日できなくなったデリック・メイの指名による出場だったのだが、そんな彼にむけての選曲だったのだろうか、「Strings of Life」のイントロが流れると悲鳴に近い歓声が上がり、みんな両手をあげて陶酔するように踊る。’95〜’96年、日本テクノ黎明期の頃の、あのワクワク感をなんだか思い出していた。
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